還暦♪インコの家
還暦記念にウロコインコお迎えしたよ
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子供の頃ブンチョウや十姉妹を飼っていたのを十年前に思い出し、またカナリアなどを飼い始めたよ。還暦前にインコ大好きに!

kan英彦山

Author:kan英彦山
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池畑潤二がやって来た
 池畑潤二と呼び捨てにしたもんかな?と色々考えたが、他に書きようがなくて
潤ちゃん、ごめんなさい。
池畑潤二は知る人ぞ知るプロのロックドラマー。伝説のルースターズのドラマー。
歳は3歳下の57歳。いとこにあたる。

数日仕事が空いたとのことで、愛車ボルボで東京からやって来た。
勿論、我が家の手伝いにというわけではないのだが、
被災地で何かできることがないかと、駆け付けたところ、私が1人土方仕事を
やってるらしいと聞いてかどうか・・・とりあえず久しぶりに顔見にきてくれた。

その夜は、下関から恩師の片付けの手伝いに来ていた旧友も泊まっていたので
3人で音楽のことなど語る。(と言っても私はあまり詳しくない分野(。-_-。))


潤ちゃんは翌日、私が持て余していた仕事を朝からさっさと片づけてくれた!

046_20160517235353966.jpg

潤ちゃんのすごいところは、ボルボにスコップ・ハンマー・ロープに土嚢袋
からテントやアンカーまで全部積み込み、持参しているというところ。

私が「こういう出来上がりで・・・」とイメージを言うと
瞬く間にやってくれたのだ。

このフェンス部分には、完全に木化したジャスミンやモッコウバラが
わんさか茂っていた。それをきれいに剪定するところから。

051_20160517235356fb1.jpg


そして、仕上がりはこのように!
「危険宅地」の亀裂がひどい部分をこれからの梅雨の雨から
防護するためのブルーシート張りが完成。
059.jpg

これで、雨風の度に擁壁もろとも宅地が崩れる心配でオチオチ眠れなかった
のが、多少なりとも心安らかに・・・・

ありがとうございました!!

潤ちゃんは、40年近く一途にドラム、リズム、音楽と格闘している。
同時に文字通り、肉体派でもあり、地域に根付いた生活派でもあることが今回わかった。
地域の祭り、餅つき(臼や杵も持っているとのこと)、料理や庭木の手入れをしながら
ロックをやってるなんて。しかも、自分の切り開いたドラムの地平を若い人に
伝えてる。FUJI ROCK 開催に尽力している。
コンサートでは、今回持参したような道具を持って、率先して設営をやってる。
大した人だと改めて発見した次第でした。

もうひとかた、下関の旧友もすごい人ですよ。
永年務めた教職を定年前に辞め、女一人で全国を旅してる。
愛車のワーゲンで高速道路は使わず、目的地を特に定めず、
ホテルも予約せず。行く所々で繋がっているものを発見しながら
旅をしているんだという。
四国の四万十川のほとりで地震の揺れに接し、ニュースを聞き
「こりゃ、熊本に行かなくちゃ」と帰って来た。

常に寝袋など持っていて、ウチに泊まるにも食料など全て自己完結。
(もちろん、布団に寝てもらいましたよ)
実行力、問題解決力抜群!

まことに、地震のおかげで?見事な人たちに再会できたことを
またまた感謝した日々でした。


その後の日々
前回から半月以上過ぎてしまいました。

仕事は絶妙の?タイミング4月15日付けで元々退職だったので、本当によかった!
これで仕事のことがあったら、さすがの私も参ってしまってたと思うよ。
この仕事(会社)は、それ以前に二十数年勤めた会社を退職後、57歳で入った会社
で、勤続3年に満たなかった。
「ここはブラック企業よ」と次々に入社しては数ヶ月で辞めていく人が多い中、
歯を食いしばって?頑張った。すぐに辞めるのは嫌だったからだけど、
さすがに、還暦を迎えてからは、「もういいだろう」「あとは自分の生活を取り戻したい」
と区切りをつけたところだった。

この半月は
・復旧の日々  
・つれあいの闘病、いとこの死
・インコ達の日常   etc.  色々あった


復旧の日々
 4/19  オカメインコルチノーペアに雛の声、水道が復旧した近所の家で風呂。
       地震後2日くらいは顔も洗わず、ひどい格好のままどこでも行ってた

 4/20 ガス復旧  しかし、水は出ないのでまだ煮炊きはできず。
      トイレのたびに近所から水をもらう日々。鳥達の世話もたいへんだった。
      福岡の旧友から励ましのお見舞い頂く。

 4/21 ひどい風雨。田んぼに向かっていた屋根の温水器が、隣の玄関先に
      方向転換。ロープ1本でぶら下がってる危ない状態

 4/22 早朝6時からコインランドリーに並ぶ。温水器ようやく取り払ってもらう

 4/23 朝から水道工事。近所の水道業者さんだけど、ようやく身柄確保?
      自宅は井戸なので、個別に工事が必要だった。壁の中の水道管が
      何箇所も破損していたので、工事もたいへん。
      しかし、水の出る生活が復活!ともかく大事なのは水!水!水!

      
     今もこの状態だけど、見かけはどうだっていい
  IMG_0991.jpg


   ようやく風呂に入れるようにはなったが、水が入らないように
   ビニールかぶせて入ってマス(左側が風呂桶部分)
  IMG_1009.jpg
 

 4/24 朝からつれあい入院中の済生会病院から呼び出し。
      また危ない状態とのことで、夜まで ただただ病院に
      拘束されてた。ICUに入る

 4/26 テレビの修理に来てもらうも、修理代十万円以上とのことで
     泣く泣く処分。当分テレビ無しで・・・

 4/27 会社に行き、残務整理。つれあい午後ICU出て一般病棟へ。
     夜、二十年ぶりに下関の友達と再会。
     彼女は、熊本の恩師の家の片付けボランティアに来ている。
     彼女はちっとも変わっていない、いや一段とパワーアップしてた!
     うれし、懐かしの一晩だった~!

 4/28 この頃の近所での挨拶はじめは「り災証明とった?」
     私もり災証明申請に役場の長い列に並ぶ。
     り災証明は、一部損壊・半壊・全壊に分かれていて
     一部損壊はその場で証明書を出してくれるが、半壊以上は
     後日役場からの現認後とのこと。
     どっちにしても、地震保険に入っているわけではないし、
     自力で復旧するしかない。

 4/29 つれあいが済生会病院から一般の?病院へ転院。
     救急救命事態から脱したということ。

 4/30 いとこの葬儀に玉名方面へ
     くも膜下出血、68歳!早いでしょ!苦しまなかったのがせめてもの・・・
     3年前にもがんで娘を亡くした叔母さんの悲しみはいかばかりか・・・

 5/1 京都から妹、岡山から息子が帰省。ともに実家に泊まる

 5/2~5 妹と息子に片付けや役所への届けなど大いに助けられる。

      妹を空港に送った帰り、いつも仕事のときに通っていた益城町惣領の
      通り。道の両側の家がずらっと全壊していてショック! 

 5/6 役所から「宅地危険度判定」に来る
    「危険」の赤紙貼られる。
    これは、建物でなく宅地の判定で、自宅のよう壁が崩壊の恐れありとのこと

IMG_1032.jpg


 5/7 ホームセンターから、ビニールシートや砂、土嚢袋などを買ってくる。
    砂の18Kgの重いこと!これで、おばさんは庭の土の亀裂を埋める土方工事
    を行うことになる。あ~きついよ~(。>(ェ)<。)エエェェェ

  
 たいへんなことも多かったけど、もっとたいへんな人はたくさん居る。
 思わぬところから励ましやお見舞いを頂き、人の温かさに感じ入る日々でした。

 同じ熊本でも、ピンポイントで被害状況が違っている。
 ほとんど影響のなかった地域もあるし、益城や南阿蘇みたいな過酷な
 状況のところも!


 楽しいこともあったよ!オカメインコの雛を5/5に巣上げして、
 只今3羽の挿し餌中(^∇^)
 まだ巣箱に3羽居る!
 
 インコ達のことは、また今度ね!


地震の中で感謝と感動
病院に着くと担当医の方から説明がありました。
今は酸素吸入?マスクを付けてあるけど、それでもダメな時はのどに穴をあけて
延命処置をするかどうか???いきなりそんな話しで、驚くばかり。
ともかく、横浜在住のつれあいの娘達にも連絡を取って、担当医から説明して頂くことに。

幸い、しばらくすると意識が回復し、最悪の事態は免れたようでした。

その夜は、病院から近い実家に戻り、4日ぶりに布団で寝ることができました。
3日間はあまり寝ていなかったけど、あまりに色々なことがありすぎてすぐには眠れませんでした。

18日は、元会社の同僚が片づけを手伝ってくれるというので、朝、病院に寄って、
容態が落ち着いているのを確認して自宅に帰りました。

同僚は、水や食料を持参して、一番酷かった台所をとりあえず使えるように助けてくれました。
電気だけ復旧し、水もガスも未だだけど、元の日常に戻れる最初の一歩になりました。
一人であの惨状を前にして、とても何もする気になれなくて、インコの居る座敷のみ
片付けて(というか、ここはほとんど被害がなかった)、とりあえずの自分の居場所を
作っていた状態でした。  本当に感謝!です。
この夜は地震以来、5日ぶりに自宅で眠りました。
余震が続き、そのたびにドキドキして逃げ出したくなる。その後は救急車か消防車の
サイレンがしばらく鳴り響く。
こんな怖い所にインコ達はいやおう無く逃げることも出来ずいたんだもんね。
せめて私が居て、夜も電灯がついていたら、少しは安心してくれるかな?


翌日19日は義妹が、これまた、あれ以来踏み入れなかった2階の部屋の片付けを手伝ってくれて
たくさんの差し入れもくれました。 感謝!感謝!です。
その後、病院に行って、夕方物置組のインコの世話をしていた時です。


物置の基礎はこんな状態 コンクリートにもあちこち亀裂が
046.jpg


オカメインコの巣箱から雛の声が!?

最初は気のせいか?と耳を疑いましたが、あのシュッシュッというような声が
聞こえるではないですか!
まさか! あの地震の中で雛が誕生していたんです!
感動して思わず涙がこぼれてしまいました。

あの臆病なオカメインコ達が頑張ったんだね。
孵化が近いことを知っていたので、一生懸命暖め続けたんだね。

この後、まだ衝撃があるかもしれないけど、多分育児放棄することは
ないような気がします。新たな命が親オカメ達を励ましてくれたんだね。

地震の中で生まれた仔たち。
これからも無事で育ってくれることを祈ります。


今にも落ちそうな太陽熱温水器
040_20160421222952579.jpg


倒れたプロパンガスボンベ 留め金は壁付けだったので穴が!
直後はガスがシューシューと漏れ出し、そこかしこガスの匂いが!
急いで栓を閉める  まわりは皆プロパンなので、同じ状況
037.jpg


最後に癒しを!
セキセイインコの末っ子、こんなに可愛くなりましたよ
049.jpg


大地震の中の命
4月16日未明、ともかく早く夜が明けて明るくなって欲しかった。
何度もスマホから地震警報が鳴り、車中でも大地が揺れるのがわかる。
インコ達は、家がつぶれない限りケージの中にいたら
何とかなると思ったけれど、何とかならないような気配なのは
助手席に居るつれあいの様子。

いきさつは省略するが、結果として済生会病院の緊急外来に連れて行き
その朝、入院となった。ぜんそくの発作だ。
診断を待つ間、病院近くの小学校の体育館で待機するように言われる。
そこは避難所になっていて、もう百人以上の人が避難していた。
そこで水を茶碗に一杯はもらえた。

既に水とすぐ食べられるおにぎりやパン等はコンビニの店頭から
なくなっていた。他の店はほぼ臨時休業。
家は無事でも、水や食料の備蓄の無い人は即、飢えなければならない。
トイレだってままならないのだ。
ガソリンスタンドには数百メートルの車列。中には「ガソリン切れ」の
手書きの紙を貼りだしてあるスタンドも。

街は昨日までの日常と一変していた。

つれあいは昼過ぎに病室に落ち着いた。
これでとりあえずひと安心。
病院も入院食など作れないので、自衛隊の持っているようなパック入りの
携帯食を最小の食器で提供していた。お茶などもつかない。
いいじゃないの!これで飢える心配ないでしょ!済生会病院に感謝!

夜中の地震を朝知った遠方在住の妹や息子が心配して何度も
連絡をくれる。色々な情報を調べて教えてくれる。
街の現状と病人とインコの家のことが気にかかってボーっとしている私に、
何をすべきか教えてくれる。


私は、実家に行った。
さすがに○○○○ハイム、地震には強かったようで、被害も最小限で
済んでいた。母は余震がきたらすぐ逃げられるようにと、玄関先で
おにぎりをにぎっていた。さすが、たくましい!
水は弟達が調達してくれていた。

10年ちょっと前、実家が全焼した。そのときは真冬だったが、母は風呂上りの
一糸まとわず、の姿で隣家が類焼しないようにバケツで水かけてたという
武勇伝の持ち主。
その母が言うには、「火事より地震が恐ろしい」と。
火事は家の外に逃げればそのうち消火されるけど、地震は逃げようがないと。
なるほど・・・と妙に納得する。

その晩は実家近くのスーパーの駐車場で母と車中泊。

17日は一度病院に顔を出し、インコが気になるので自宅へ。

みんな変わりは無かったけど、秋草さんはさすがに抱卵放棄してた。
いいんだよー、君たちが無事なら!
みんなに餌をたくさん入れておくが、水は余震の揺れでこぼれるので
あまりたくさん入れられない。
セキセイインコの4兄弟。一番末っ子は完全には一人餌になっていないが
上の兄弟たちが世話してくれている。嬉しいね!
本当に小さなか弱い命たち。何とか守ってあげないとね。
みんな生き延びるんだよ!頑張ろうねー!と思わず声をかける。

家の中は台所が特に酷い状態。冷蔵庫は傾き、食器棚は倒れ
電子レンジなどあらゆるものが飛んで落ちている。
勿論、ほとんどの食器類は割れているし・・・手がつけられない、
というか、足を踏み入れられない。
家の中の惨状は、まあしょうがないが、問題は家の外だね。

つれあいのアパートに行って着替えなど持ち出す。
ここも、部屋の中はひどいけど、あまり物がない分マシか。

夕方、実家に帰り少し落ち着く。今夜は家で寝てみようということにした。
すると、済生会病院から電話。何とつれあいが意識不明になったという。
看護士さんもあわてた口調で説明してたが、ともかくすぐ行きますと返事。


(これまたつづく、すみません、つい長くなります。これでも端折ってマス(=゚ω゚)ノ)


熊本地震!インコの家生き延びました!
14日夜に2回、16日の1時25分に決定的な一撃!
2晩続けて震度6以上の地震を3回も体験してしまいました。
特に16日の震度7は、本当に死ぬかと思うくらい怖かった!

14日夜の地震も初めて体験した怖いものだったし、
余震がひどいのでとても家の中で眠れなくて我々数軒の隣近所仲間は
屋外に集まって夜を明かしました。仲間と言っても普段はそんなに
付き合いがあるわけではないんですが。

人もそうですが、インコ達の恐怖はどれだけだっただろう!
特に物置に居たオカメインコなどは、一斉に巣箱から外に出ていた。
無理も無い、ゲージの上の棚に置いていた80cm幅位の重たい
ガラスの水槽(中は空だが)が床に落ちてガラスが飛び散っていたし、
重たい木箱などが飛び交っていた。それも真っ暗な中!

揺れもだけど、その落下の衝撃音がすごかったと思う。
その夜は停電もしてしなかったので、電灯をつけていた。
しばらくしたら、我に返ってオカメペアの片割れ達は巣箱に入っていた。
しかし、美声インコは雌も外に出たまま。秋草・さざなみはメスは動じず。
(巣箱に入ったまま)

 ほとんど眠れぬまま車中泊。早朝会社から「本日臨時休業」のメール入る。
4月15日は私の退職日で、最後に机の片付けや挨拶など行う予定だったが
何だかドラマチック?な最後の日になってしまった。

隣町の益城町の被害が酷かったとのこと。益城町や熊本市内の知り合いに
安否連絡とりあう。
幸い、知り合いでケガをしたり家屋が倒壊したりなどは無いとのことだった。
その日は、ガス配管などとりあえず生活できるように修理してもらう。
余震は続きそうだけど、昨晩以上のは無いだろうと誰しも思っていた。

その夜は、いつもは別居のつれあいだが、住んでるアパートが断水している
とのことで
ウチに泊まっていたが、高齢でもあり、ここのところ体調悪そうだった。
2階まで上がれないようなので、階下に寝ていた。
私は2階で。万一に備えてというほどではないが、ソックスや上から
羽織る物やスマホを持って。

いつもの眠り薬?の本を読みながら電灯つけたまま一時間ほど
眠っていたようだ。
ド!ド!ド!ド・・という地鳴りとともにすごい揺れで飛び起きた!
「ソックスはかなきゃ」と履こうとするが、横揺れ・縦揺れでベッドごと
揺れ動き、家中すごい物音がする。
メガネはかけているのに、メガネメガネ・・と探したり。その瞬間停電した。

普通はそのあたりで揺れが収まりそうだけど、いつまで経っても大地が
ひっくり返る様な揺れが続いてる。

廊下に出たが本箱が倒れ、本や物が飛び交っているようだが、何せ真っ暗!
どうやってそこを抜けてきたかよく覚えていない。
そうしたら、玄関から隣のご主人の声、

「○○さーん!大丈夫か!?」
ー 「ハイ!2階です」
「早く降りてきなっせ!」
ー「下に主人が!」
「靴のまま上がるよ!」
-「△△さーん」-「オー」

ようやく降りて、動けないつれあいを隣のご主人が背負い運び出す。
前日の地震で玄関の鍵がよくかからず、施錠無しで寝てて助かった~
お隣のご主人にはホントに感謝だった!

その間、私は座敷に居る鳥達のところに行くとゲージが傾き、ウロコのアイちゃんが
外に出てバタバタしている。アイちゃんをつかまえ抱きしめた後、ゲージに戻す。
秋草女子はケージ外でじっとしている。そっとケージにもどす。
どちらも、外付け巣箱がはずれて巣箱から出た女子達はケージの外!だったわけ。
なので、とりあえず巣箱をくっつけておかないとまたインコ達が出てしまう・・・

以上の出来事が、今もまるでスローモーションのように思い浮かんでくる。


外に出たときは揺れは収まっていた。
急いで物置の鳥部屋へ。懐中電灯で見ると、ケージは7ケあるが、それぞれ
90度位回転していたが、転倒などはしていなかった。
465のケージなどけっこう重たいもんで、10Kg位ありますよね!
前日、落ちるべきものは落ちていたので、新たな落下物はなかったけれど、
これまたすごい衝撃だったでしょう。
オカメ達は巣箱の外に居たけど、そのうち巣箱に隠れた。
美声ペアは前日から抱卵放棄してる。

その後何度も何度も余震が襲ってくる。近くの道路に出ると、小さい農道なので
普段はここの住人と農家の人しか通らない道なのにどこからか車が何台もやって来る。
「この先通り抜けられますか?」「抜けられるけど舗装が壊れてるからゆっくり行って」

みんなどこへ向かってるのだろう?大体彼らはどこからやってきたんだろう?

通りを見ると、車が行き交っている。みんなあわててどこかに避難していました。
私たちはそれぞれの車に乗り、近くの病院の駐車場に行き、そこで夜を明かしました。

(つづく)