還暦♪インコの家
還暦記念にウロコインコお迎えしたよ
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子供の頃ブンチョウや十姉妹を飼っていたのを十年前に思い出し、またカナリアなどを飼い始めたよ。還暦前にインコ大好きに!

kan英彦山

Author:kan英彦山
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大地震の中の命
4月16日未明、ともかく早く夜が明けて明るくなって欲しかった。
何度もスマホから地震警報が鳴り、車中でも大地が揺れるのがわかる。
インコ達は、家がつぶれない限りケージの中にいたら
何とかなると思ったけれど、何とかならないような気配なのは
助手席に居るつれあいの様子。

いきさつは省略するが、結果として済生会病院の緊急外来に連れて行き
その朝、入院となった。ぜんそくの発作だ。
診断を待つ間、病院近くの小学校の体育館で待機するように言われる。
そこは避難所になっていて、もう百人以上の人が避難していた。
そこで水を茶碗に一杯はもらえた。

既に水とすぐ食べられるおにぎりやパン等はコンビニの店頭から
なくなっていた。他の店はほぼ臨時休業。
家は無事でも、水や食料の備蓄の無い人は即、飢えなければならない。
トイレだってままならないのだ。
ガソリンスタンドには数百メートルの車列。中には「ガソリン切れ」の
手書きの紙を貼りだしてあるスタンドも。

街は昨日までの日常と一変していた。

つれあいは昼過ぎに病室に落ち着いた。
これでとりあえずひと安心。
病院も入院食など作れないので、自衛隊の持っているようなパック入りの
携帯食を最小の食器で提供していた。お茶などもつかない。
いいじゃないの!これで飢える心配ないでしょ!済生会病院に感謝!

夜中の地震を朝知った遠方在住の妹や息子が心配して何度も
連絡をくれる。色々な情報を調べて教えてくれる。
街の現状と病人とインコの家のことが気にかかってボーっとしている私に、
何をすべきか教えてくれる。


私は、実家に行った。
さすがに○○○○ハイム、地震には強かったようで、被害も最小限で
済んでいた。母は余震がきたらすぐ逃げられるようにと、玄関先で
おにぎりをにぎっていた。さすが、たくましい!
水は弟達が調達してくれていた。

10年ちょっと前、実家が全焼した。そのときは真冬だったが、母は風呂上りの
一糸まとわず、の姿で隣家が類焼しないようにバケツで水かけてたという
武勇伝の持ち主。
その母が言うには、「火事より地震が恐ろしい」と。
火事は家の外に逃げればそのうち消火されるけど、地震は逃げようがないと。
なるほど・・・と妙に納得する。

その晩は実家近くのスーパーの駐車場で母と車中泊。

17日は一度病院に顔を出し、インコが気になるので自宅へ。

みんな変わりは無かったけど、秋草さんはさすがに抱卵放棄してた。
いいんだよー、君たちが無事なら!
みんなに餌をたくさん入れておくが、水は余震の揺れでこぼれるので
あまりたくさん入れられない。
セキセイインコの4兄弟。一番末っ子は完全には一人餌になっていないが
上の兄弟たちが世話してくれている。嬉しいね!
本当に小さなか弱い命たち。何とか守ってあげないとね。
みんな生き延びるんだよ!頑張ろうねー!と思わず声をかける。

家の中は台所が特に酷い状態。冷蔵庫は傾き、食器棚は倒れ
電子レンジなどあらゆるものが飛んで落ちている。
勿論、ほとんどの食器類は割れているし・・・手がつけられない、
というか、足を踏み入れられない。
家の中の惨状は、まあしょうがないが、問題は家の外だね。

つれあいのアパートに行って着替えなど持ち出す。
ここも、部屋の中はひどいけど、あまり物がない分マシか。

夕方、実家に帰り少し落ち着く。今夜は家で寝てみようということにした。
すると、済生会病院から電話。何とつれあいが意識不明になったという。
看護士さんもあわてた口調で説明してたが、ともかくすぐ行きますと返事。


(これまたつづく、すみません、つい長くなります。これでも端折ってマス(=゚ω゚)ノ)

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